メンヘラっぽいなにか

 久しぶりに文章を書く気になったから書いてみようと思う。

 数年前から抗うつ剤を飲み続け今は薄く引き伸ばされた味のしない生活を送っている。

 そんなわたしにも青春のようなものがあった。中学では陸上部に所属していた。特に高い志はなく、ミニバスをやっていたからバスケ部に入ろうか迷ったけれど仮入部期間に顧問の先生が数学教師で、1メートルの竹定規をしならせているのを見た瞬間わたしのバスケ人生は終わり、足の速さだけには自信があったため陸上部に入部した。

入部した陸上部は実績なんてないものの、なぜかカースト上位女子たちの集まりとなり、そこそこに楽しい中学生活を送っていた。

 当然いじめもあった。特に理由もなく、暇つぶし感覚のローテーションで一人ずついじめられていった。二年生の後期、ついにわたしの番が来た。二人組になってくれない、すれ違い様にブスやら死ねやら言われる、示し合わせて一斉に送っているのか、メールで何人もの人間に酷い言葉を浴びせられる。カースト上位女子たちが主犯のせいで部活に留まらずクラスの女の子たちにも無視される。よくあるいじめだが、精神はボロボロにすり減り、毎朝家を出る前に泣いた。

いじめられて一週間が経った頃、あまり部活に出てこない女の子が久しぶりに部活に来てこの異常事態に気づいてくれた。(その女の子を「ナカ」と呼ぶことにする)

 ナカは学年の中心的存在で有名人だった。人懐っこくて明るい美人、発言力もあり生徒会長と付き合っていた。いじめに気づいたナカはそれからずっとわたしと一緒にいてくれた。毎日朝練と午後練に来て二人組になってくれた。わたしとしては、他力本願だけれど発言力のあるナカがいじめの主犯たちに注意をして解決してくれるのを期待していたけれど、ただ一緒にいてくれただけだった。それでも心強かった。

 数日経ったころ、ナカの様子がおかしくなった。授業後の全部の休み時間にわたしのクラスにやって来る。クラスでも孤立していたわたしは、最初はみんなの憧れのナカがわたしと話してくれる優越感にも浸っていた。しかし、授業中に書いているであろう手紙(かなりの文字数)を毎時間渡されるようになってから、嬉しい反面疑問も増えていった。

 加えてナカはよく家に来るようになった。ナカの家とわたしの家は学校を挟んで反対側にある。だからわざわざ学校を通り過ぎてわたしの家に来ることになるのだけれど、毎朝5時に「今から迎えに行くね、一緒に部活行こう」という旨のメールが届き、5時半にはわたしの家の門の前で嬉しそうに立っていた。

 もうその頃にはわたしへのいじめは収まりかけていた。飽きもあっただろうし、ナカがわたしと一緒にいることも抑止力になったのであろう。

 いや、違う、みんなの興味がわたしからナカへ移っただけだった。わたしとナカが一緒にいるようになってからの1ヶ月ほどで、ナカはびっくりするくらい痩せた。ユニフォームの下に履くタイツがゆるゆるなことで一目瞭然だった。

 ナカの彼氏であり、噂の中心にもなる生徒会長が異変に気づかないわけもなく相談を持ちかけてきたため、アドレス交換をした。メールをするようになってすぐ「ナカがリストカットをしている、どうすればいい」という相談を受けた。冬服のおかけで隠れているけれど、ナカが腕を切っていることはわたしも知っていた。と、いうより、ナカはわたしの前で腕を切っていた。

 ナカには父親しかおらず、帰りが遅かったため部活帰りによく家に呼ばれて遊んでいた。 その日も放課後ナカの家に遊びに行き、くだらない話で盛り上がっていた。

 途中、ナカがトイレに行ってくる〜とわたしを部屋に残した。ナカがいるときに部屋をじろじろ見渡すのはよくないと思ってあまり見ないようにしていたけれど、部屋を見渡すだけできちんとした家庭ではないことは明らかだった。この家でいつものみんなに慕われている美人なナカが生活している姿を思い浮かべられなかったし、なにもないようなふりをして清潔感を漂わせ登校するナカを正直気味が悪いと思った。洗濯物があちこちに散らばり、キッチンには洗っていない食器が水を張ったまま積み重なっている。部屋を見渡しながらいつまで経ってもナカがトイレから帰ってこないことに気づいた。

 廊下に出てみると、扉の閉まったトイレから100メートル走の後のような荒い呼吸の音がする。大丈夫?入るよ、鍵開けてと声をかけると鍵の開く音がした。ナカは便座の前でうずくまって背中を大きく上下させていた。かけ寄り背中をさすろうとした瞬間左手首から滴りトイレに溜まって行く血を見た。経血の暗赤色とは違う、鮮やかな赤だった。ナカが緩慢とした動きで、右手に持ったカミソリを左手首に押し付けた瞬間、咄嗟に右手首を掴み、指をこじ開けカミソリを取り上げた。わたしを見上げ、睨みつけるナカの目は涙で赤く血走り腫れていた。荒い息遣いで頬は蒸気しほんのり赤く、今までみた女の子の中で一番綺麗だった。しばらくの間、ナカは立ち尽くしたままのわたしの膝に腕を回し泣いていた。 12月、トイレから見えるリビングの開かれたカーテンの外は18時でも真っ暗で、安っぽい蛍光灯に煌々と照らされている部屋が際立っていた。

 ナカは栄養士になりたいと度々言うようになった。似合うよ、と言いながらもその頃、ナカは世間一般でいう、摂食障害になっていた。家に遊びに行った時「キャベツは食物繊維が豊富だから」と言い、玉のキャベツを机に置き、一枚一枚剥がしながらそのまま咀嚼するナカを黙って見ていた。

 そんな状態になってもナカは相変わらず学年のムードメーカーだった。一時期激痩せして話題になったけれど、過呼吸リストカット摂食障害を匂わせる発言はわたし以外の人間の前ではしなかったし、わたしもナカの名誉のために誰にも言わなかった。

 夜、ナカの彼氏から「相談したいことがある。明日の部活前に生徒会室に寄ってほしい。」というメールが来た。指示通り、生徒会室に行くとメールでもできそうな内容をくどくど話されたため、部活行きたいんだけど、と言うと「実は1年の時からずっと好きだった。」と告白された。もう、うんざりだった。知っていた。お前の視線、ナカがいるくせに垂れ流し続けている好意も。

「告白してきたのはナカの方だった。俺は君のことが好きだったから正直にそう言って断ったんだ。でも、それでもいいから付き合いたいって言われたから、男子たちに人気あるし、付き合った。でももうナカが何を考えてるのかわからない。君と異様に仲が良いのも怖い。」

 ナカは最初から全部知っていた。自分の彼氏がいつになっても自分を好きになってくれないことも、いじめから助けてあげたはずのわたしが何も気づいていないふりをして自分と仲良くしていることも。男の弁明も耳に入らず話半分で生徒会室を飛び出した。扉が閉まる瞬間、男が「もう、別れるから、」とまで発したのを聞いた。

 ノロノロと重い足で午後の部活に参加した。ナカはいつも通り部活でもわたしにべったりだった。その日の部活帰りの誘いは体調不良で断り走って家に帰った。

 わたしはナカが怖くなっていた。自分の気持ちがよくわからないことにも気分が悪かった。朝の迎えも放課後の誘いも断り続けていくうちに、ナカはわたしから離れていき、部活にも来なくなった。

 冬休みになり年末、部活も休み期間に入った早朝にナカからの着信で目が覚めた。今君の家の前にいる、と。謝るタイミングはとっくの昔に過ぎ去っていたし、謝り方もわからなかった。もういっそ殴りでも大泣きでもしてくれた方が楽だと思っていた。玄関のドアを開けた瞬間肺いっぱいに冷たい空気が突き刺さり、正面に佇むナカを見た。

 久しぶり見たナカはやっぱり美人だった。黒髪は少し伸び、前髪はアーモンド型の大きな目の上で切り揃えられていた。赤くて小さい唇からは白い息が出ている。

  ポケットから手を出し、手を繋がされ「散歩しよう」と言われた。何も言えずにただ従うわたしを連れてナカは無邪気に霜柱を踏み、たわいもない話をした。期末テストで数学の点数がクラス1位だったこと、お姉ちゃんと久しぶりに会ったこと。わたしにとって全部どうでもいいはなしだった。早く終わらせて楽になりたかった。

「ナカの彼氏に全部聞いた。何がしたいの?わたしのこと、嫌いなんでしょう?自分の彼氏の好きな人がいじめられてるのを近くで見て楽しかった?私に罪悪感を覚えさせたかった?」

 まくしたてながらも頭は声に出す言葉とは違うことを考えていた。もう、この不思議な関係も終わってしまう。本当はナカと対等な関係でいたかった。憧れていた。ナカの彼氏のことなんてどうでもよかった。ほら、ずっと、お前のこと見下してましたって正直に言えよ、なに被害者面してんだよ、ナカは人気者だしわたしが持ってないもの全部持ってるじゃん。一瞬痛くなってさみしくなるかもしれないけれど、明日からはお互い罪悪感もなく普通に日々を過ごせるようになるよ。

「最初は君が憎かったよ。私の方が可愛いし頭もいいしどうして私より君が彼氏に好かれるのかわからなかった。でもそれを彼氏に言ったら嫌われるのはわかってた。そしていつからか君になろうとしてた。いじめられてるのを見て助けるふりをして近づいた。君の好きな音楽、漫画、口調、髪型、体型、全部真似したら彼氏が好きになってくれると思った。でも君を見るたびに、君が存在する限り、私は君にはなれなくて私は私でしかないことに何度も何度も絶望する。彼氏には振られたの。もう君しかいない。たすけて。」

 

 しゃがみこみ嗚咽しながら話すナカの手を握り、見下ろし、誰にも聞こえないように小さな声で「たすけて」と呟いた。